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東京高等裁判所 昭和25年(新う)4543号 判決

控訴人 被告人 増田なか

弁護人 田中泰岩

検察官 吉井武夫関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審並びに当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人田中泰岩の控訴の趣意は末尾に添えた書面記載のとおりであつて、これに対し順次左のとおり判断する。

論旨第一点について。

記録並びに被告人の当公廷での供述を綜合すると、被告人が昭和二十五年四月二十八日詐欺、横領罪によつて原裁判所に起訴されたこと、同年五月九日右被告事件の起訴状謄本が被告人の肩書住居に送達されたが当時被告人は千葉刑務所に勾留されていたため、右謄本を受領披見することができなかつたこと及び公訴の提起があつた日から未だ被告人において起訴状謄本を受け取つていないこと、をそれぞれ認めることができる。しかし、刑事訴訟法第二百七十一条第一項及び刑事訴訟規則第百七十六条第一項に定められた起訴状の謄本を遅滞なく被告人に送達すべき旨の各規定は、事件につき、被告人の権利防護の必要上定められたものであることは疑のないところであるから、右手続上の瑕疵について、被告人及び弁護人から何等の異議がなく、且つ公訴の提起があつた日から二箇月以内に被告人及び弁護人において右権利防護の機会が与えられることによつて右瑕疵が補正されるものと解すべきである。記録によれば、被告人及び弁護人江幡清は、右公訴の提起があつた日から二箇月以内である同年六月十五日の原審第二回公判期日に出頭し、検察官の起訴状朗読後、裁判所から右被告事件について陳述すべき機会を与えられた際、いずれも該起訴状謄本の送達を受けなかつたことについて何等の異議を止めることなく起訴状記載の被告事件について陳述しているのみならず、裁判所は、右公判廷において弁護人の申請を容れその権利防護のため、公判期日の続行を許可して次回公判期日を指定告知し、さらに、その後の公判期日においても被告人及び弁護人に対し、しばしばその権利防護の機会を与えているのであるから、右手続上の瑕疵は、これによつて補正されたものというべきである。従つて、該手続上の法令違背は以上説示の事由によつて治癒された結果、原審の訴訟手続には、いわゆる判決に影響を及ぼすべき違法があるということはできない。論旨は結局理由なきものである。

(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 久永正勝)

控訴趣意

第一点、原審の訴訟手続には法令の違反がありその違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原審判決は破棄せらるべきであります。

刑事訴訟法第二百七十一条の規定によれば「裁判所は公訴の提起があつたときは、遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならない。公訴の提起があつた日から二箇月以内に起訴状の謄本が送達されないときは公訴の提起はさかのぼつてその効力を失ふ」となつて居ります。本件の記録を閲覧して見ると、勾留状(百六十三丁)の記載によつて昭和二十五年四月十日勾留されたものである事、勾留更新決定(百六十八丁、百七十三丁、百七十七丁、百八十三丁)の記載によつて爾来引続き現在迄勾留中であり、尠くとも原審判決までは千葉刑務所に在監して居た者である事は明らかであります。然るに被告人に対する起訴状謄本の送達報告書(四丁)の記載によれば起訴状の謄本は市川市菅野四百三十七番地を送達の場所とし、送達受領者は松丸伝蔵となつて居るのであります。被告人は前述の如く勾留中でありましたから右送達の当時(昭和二十五年五月九日)千葉刑務所に在監して居り市川市菅野四百三十七番地には居なかつたのでありますから、右の送達は被告人の所在地に宛てられたものでなく、被告人不在の地に宛てられたものであります。従つて起訴状の謄本は被告人に送達せられたと言ふ事は出来ないのであります。その後にも適法なる送達のあつた事を示す書類は記録上発見出来ないのであります。

従つて刑事訴訟法第二百七十一条第一項の規定による適法な起訴状の謄本の送達が本件に於てはないのでありますから、本件の起訴は起訴の日たる昭和二十五年四月二十八日にさかのぼつて効力を失つて居るものであります。仍而原審裁判所は刑事訴訟法第三百三十八条第四号に該当する場合なりとし公訴棄却の判決を言渡すべきであつたのであります。然るに原判決は之を看過し有罪の判決を言渡して居りますのは法令に違反せるものであつて且つ原判決に影響を及ぼすべき場合に該当するものであります。

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